グローバルマーケット観察記

第1回 急速に進む脱取引所、脱ブローカーの流れ
-英紙が伝えた伝統的市場の崩壊-
 
 
 取引所−ブローカー−投資家という、それぞれ異なる立場で市場の形成に貢献してきたメンバーの、相互の役割が崩壊しようとしている。英紙ファイナンシャル・タイムス(FT)は、市場関係者が一般的に普遍と考えてきた取引所取引のあり方が、根本から覆る可能性を示唆する記事を、7 月末の1 週間の間に連続して掲載した。

 最初の1 本は7 月23 日に掲載された『未登録株取引プラットフォーム開発にゴールドマンのライバルが名乗り』と題する記事。「メリルリンチ、リーマン・ブラザーズ、モルガンスタンレー、シティグループなどのインベストメントバンク(*1)は共同で、未登録株(*2)取引用の電子取引プラットフォームの開発に着手した。ゴールドマン・サックスらが開発し、先行利用されているプラットフォームへの対抗が目的」と書き出している。

 従来、取引所が開設する市場は、売り手と買い手(投資家)がそれぞれの注文を持ち寄り、条件に応じて、マッチングさせる場所とされてきた。しかし投資家は通常、市場に立ち入ることは許されない。従って、仲介者たるブローカー(証券会社や商品取引員など)に売買の約定を委託する形をとる。このルールは株式でも先物でも、オプションでも変わりはない。売買仕法にバリエーションはあっても、取引所、ブローカー、投資家の役割は古今東西、そして将来も変わらないと信じられてきたはずだ。
 だがIT のぼっ興は、そうした常識を根こそぎにしようとしている。
 例えば、取引所から立会い場を消し去った。ならば、取引所という物理的な器が存在する必要はあるのか。コンピューターのネットワーク、すなわち取引プラットフォームさえあれば、取引所は概念としての存在ですむのではないかと考えが広がった。そしてその考えは取引コストの低廉化を求める声と結びつき、ブローカーが自らのプラットフォームを建てる動きを後押ししている。
 だが逆に、取引のマッチング装置があるなら、ブローカーは不必要との考えが出てきても不思議はない。取引コストの低廉化はそれでも可能だ。

 ほんの10 年前までは想像すら及ばなかったことが、すでに現実として動き出している。
 ゴールドマンのプラットフォームは“GSTrUE”という名称。ヘッジファンドやプライベート・エクイティ(*3)会社の未登録株取引を提供しているが、こうした株式の売却方法は「オルタナティブ投資を運営するマネージャーの間で急速に人気と需要が高まるだろう」とFT は予想している。マネージャーとしては長期の運用資金はのどから手が出るほど欲しいところ。だがIPO(*4)を経て証券取引所に株式を上場するには、煩雑な審査と時間に加え膨大なコストがかかる。だから「取引できるのは各種基金やヘッジファンド、個人富裕層など一定の基準を満たした投資家」に限定されても、GSTrUE で資金調達するメリットは大きい。
 メリルリンチらが共同プラットフォームの開発を急ぐのは「未登録株電子取引市場の(ゴールドマンなど先行者による)独占を防ぎたいから」にほかならない。共同プラットフォームは9 月稼動の予定だ。

 26日掲載の『仲介者は出場停止?〜取引所と銀行が縄張り争いを始めた』は、取引所と証券会社の新たな関係を、取引所の株式会社化とからめて描いている。
 同記事は、欧米の取引所はそもそも「ブローカーのクラブ」として発足したが、近年始まった取引所の株式会社化とその後の株式公開を経て「クラブのメンバーになることには毛ほども感心を示さない」新しいオーナー(=株主)の発生で劇的に変質したと論じる。特に欧州の取引所では収益の50%を配当に充てており、このため「証券会社は新しいオーナーにゆすられているのも同然だと主張する」としている。
 だから証券会社たちは「反撃を開始し」、経費がかからない「うまい道を模索の末、取引所“のようなもの”を自分たちで作り始めた」のである。昨年末にシティグループ、クレディ・スイス・グループ、ドイツ銀行など7 つのインベストメント・バンク(*5)が発表した“トルコ石計画”もそのひとつ。同計画では欧州地域のロンドン証取やユーロネクストなどの取引所がライバルだと宣言。共同で設立したプラットフォームでは、欧州各国企業の株式の“クロスボーダー取引”を低廉な手数料で提供する予定になっている。4 月にユーロCCP(*6)を清算および決済機関とすることを決めており、あとは「11 月より前」の稼動を待つばかりの状況。グループ各社は「取引所の外にある“隠れた流動性”へのアクセス」を売りに、投資家の参加を促している。

 この脱仲介者の流れは、取引所にとっても同様の効果をもたらすことになる。収益拡大を図る取引所にすれば、投資家が証券会社に売買手数料の大半を落とす現行のビジネスモデルは不合理にしか映らない。証券会社の取り分の一部を取引所手数料として受け取ることができれば、取引所の収益力は格段に向上する。しかも証券会社が「投資家のベビーシッターを務めている(=適切なサービスの提供)」ならまだしも、ネット取引全盛のいま、投資家はじかに取引所のマッチング・エンジン(=取引プラットフォーム)に注文を流しているとの意識も芽生えている。だから「伝統的な作法を廃し」ヘッジファンドや年金基金、機関投資家には自ら営業をかけたいとの考えを持つようになったという。
 スイス取引所が子会社として独立させた取引プラットフォーム“virt-x”はまさにその流れに乗っている。スイスおよび欧州中のブルーチップ株(優良株)のクロスボーダー取引を提供するvirt-x には、「ここ数カ月の間だけでも複数のファンドマネージャーが代表のジム・ゴーレンを訪れ、証券会社を通さずに取引がしたいと取引申請書を置いていった」のだとしている。
 同記事は「われわれは今後10 年のうちに、取引所と証券会社が職業別リストの同じ欄に並んでいるのを目にするようになるだろう。取引所の合併と株式会社化は始まったばかりだが、この現実は、取引所がブローカーと投資家の中間の位置づけを嫌うように作用する」とする、金融コンサルタント“ベアリング・ポイント”社の研究論文を引用。こうして取引所とブローカーの“仁義なき戦い”は始まり、「年金基金や預金者や政府を含む誰もが仲介者を通さずに資金運用できるようになる」と予想している。
*1 インベストメント・バンク
引き受けを主たる業務とする総合証券会社のこと。インベストメント・ディーラーともいう。
委託注文を受ける業者はブローカー、自己取引をする業者をディーラー、両方の業務に携わる業者はブローカー・ディーラー。
*2 未登録株
特定少数の投資家を購入対象として発行する株式は、一般投資家を対象とする上場株式に比べ規制が緩やかで、規制当局に登録する必要がない。そうした株式はプライベート・エクイティとも呼ばれるが、かつては発行から流通まで2 年間の待機期間が義務付けられていた(米証券取引委員会規則144A)が、その基準が緩和されて以降は流動性が格段に上昇した。
個人投資家が購入できないとはいっても機関投資家などプロ投資家間の売買は認められており、 かつ個人向けの厳しい規則が適用されないことが理由。いまや世界の金融市場は、緩やかな規制と大量売買が特徴の「プロ向け商品」に向かっていると思われる。
*3 プライベート・エクィティ
文字そのものは「未公開株式」を意味するが、ビジネスモデルとしては未公開企業に出資したのちに株式公開に持ち込み、収益を得る方法が代表的。業績不振の公開企業に新たな経営陣を送り込むこともある。
*4 IPO
新規株式公開(=Initial Public Offering)
*5 7つのインベストメント・バンク
そのほか、ゴールドマン・サックス・グループ、メリルリンチ、モルガンスタンレー、UBS AG。
*6 ユーロCCP
デポジットリー・トラスト&クリアリング・コープ(DTCC)の子会社。DTCC はニューヨーク・ベースの証券取引のためのインフラ機関。
(企画調査部門 小島)

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