グローバルマーケット観察記

第2回 サブプライム問題の深層に迫る
-金融市場の安寧を脅かした真犯人はだれだ?-
 
 
 米国のサブプライム不動産ビジネスの行き詰まりに端を発し、またたく間に世界の金融市場に広がった信用不安問題。各国政府が金融市場の安定化に努力を傾ける一方で、犯人探しが進行している。欧米のメディアが指を折りながら挙げる有力容疑者は@ローンの借り手、Aローン仲介業者、Bヘッジファンド、C格付け会社――などの面々。各国の金融規制当局は、すでに捜査に動き出したとの情報も伝えられている。商品市場にも日々、大きな影響を及ぼしている金融市場の動向からは目が離せない。


● ブラック・マンデーとはわけが違う
 金融市場では“上昇”と“下落”の扱いが平等ではないとの指摘がある。買占め疑惑でもない限り、価格の上昇が犯人探しに発展することはまずない。逆に下落時は市場全体が犯人探しに奔走する。
1987年10月に起きた株式市場の歴史的暴落、いわゆる“ブラック・マンデー”もそうだった。当初は現物に先んじて値を下げ、下落の幅をいっそう拡大させたとされる金融先物市場に嫌疑がかけられた。しかし、米国の先物業界関係者は一致団結して“先物犯人説”に異を申し立てた。そして結局、犯人役を担わされたのは、当時、普及し始めたばかりのコンピューターによるプログラム売買だった。
プログラム売買犯人説の根拠は、一定程度価格が下落すると自動的にストップ注文が発注される仕組みにあった。しかも、多数の機関投資家が当時“最先端”のプログラム売買を競って取り入れていたため、ストップロスの売り注文はさらなる売りを呼び、下落のスパイラルが巻き起こったという。
うまい落としどころを見つけたかにみえる。しかし、今回の信用不安問題はそう簡単に収束を図れそうではなさそうだ。


● 金融ブローカーのウソと住宅購入者のウソ
英紙ファイナンシャル・タイムス(FT)の8月9日付記事『返済の時(Payback time)』は、ローン仲介業者のセールス・トークを模した次のような文章で始まっている。
「(クレジットカードの延滞による)信用力の低さと個人破産の過去? 問題ございません。不動産ローンを借りられないほどの低収入? 問題ございません。そういうお客様には“収入自己申告型ローン”をご紹介いたしております。銀行が実際の収入を確かめに来るのが心配だとおっしゃいますか? それも問題ございません。www.verifyemployment.netをご訪問下さい。問題解決のお手伝いをいたしております」
 日本人にとっては信じがたいやりとりに映るはずだ。
 日本の報道では、サブプライム不動産ローンは「信用力の低い個人を対象とした高金利のローン」と紹介されることが多い。だがそれがサブプライム・ローンのすべてでは決してない。
本来なら、とても不動産ローンを組めそうにない人々にローンを組むことを可能にしたシステム。返済にリスクを伴うとしても、そのリスクに応じた金利を支払うと約束すれば住宅資金が借りられる柔軟性。それこそが、サブプライム問題を拡大させた本質ではないかというのがFTの最初の問いかけだ。


● 収入も勤め先も申告不要
冒頭の引用文にある“収入自己申告型ローン”は柔軟性を示す一例だ。
ローンを申し込む際には「収入」の記入が必要で、ローン会社はその確認を経て資金を貸し付ける。ごく常識的な話である。もちろん偽りの申告が発覚すれば、資金は借りられなくなる。それでは困る。だから正直に金額を書くというのは日本人だけの感覚なのかと錯覚させられる。
ではサブプライム・ローンではどうするのか。
とにかく収入を多めに書く。そして記事が紹介しているホームページにアクセスすると…。給与明細を発行してくれるサイトにつながる。実際には就職斡旋会社の体裁で、紹介先はシステムエンジニアからジャーナリスト、医者までほぼすべての職業を網羅。それも世界中で斡旋率100%を誇っている――ことになっている。ちなみに明細の発行費用は55ドル。別途25ドルで電話によるローン会社からの確認にも応じてくれるのだという。
柔軟性に関してさらにいえば、そもそも収入も雇用先も書く必要がないローンがある。“ノー・ドック・ローン(*1)”と呼ばれるが、このローンの金利は当然のごとく高い。リスクを金利に換算しなおして借り手に負担させることになるからだ。FTは「不動産資産調査委員会(Mortgage Asset Research Institute)は最近の調査で、住宅所有希望者のほぼ6割が収入を実際よりも5割増に偽っていたことをつきとめた」としている。もちろんすべてのアメリカ人が収入を偽って住宅資金を借りているわけではないし、ローン仲介者がそれによって手数料を得ているわけでもない。
だが米国の金融業界はそうした不正につながりやすいノー・ドック・ローンの存在すら認めてきた。なぜか。ローンを証券化し、さらに“不動産担保証券”と包み紙を替えて借り手を見えなくすれば、欧州(世界)中の金持ちがヘッジファンド経由で次から次へとおカネを貸してくれたからだ。
さらに、米国で、サブプライム・ローンを通して住宅資金を調達していたのは信用力の低い貧困層だけではない。本来ならばより有利な条件で不動産資金を借りられる人々も、サブプライム・ローンを利用していた。かれらは、そもそも“住むための住宅”には興味はない。購入の目的は物件の値上がりによる差益の獲得。だから審査の簡単なサブプライム・ローンが便利だった。住宅価格の値上がり率がローンの金利を上回ればそれで問題はない。実際には物件を見ることもなく、ネットで購入を決めていたケースも多かったという。まさにバブルを体現している。
ローンの返済は、当初2年は少額で、その後、増額するよう設定されている場合が少なくない。かつての“ゆとりローン”を彷彿とさせるが、それよりもさらに過激なのは、当初数年間は返済すら据え置きが可能なローンの存在だ。返済ゼロ期間に発生する金利は元本に上乗せする。もちろん時間の経過とともに不動産価値が増大し、給与が上昇すればなんら返済が滞るはずもないが――。


● そもそも借りられないローン
一方、ローン会社に問題はないのか。仮にローンの借り手が偽りの収入を申告し、ローン仲介業者がそれを示唆したとしても、最終的にその申請を通してしまったローン会社の審査の甘さはどうだろう。
ニューヨークでは盗んだ身分証明書で架空の購入者をでっち上げ、さらに収入をごまかして2億ドル(約230億円)を上回るサブプライム・ローン融資を騙し取った26人のグループをFBIが逮捕。オハイオ州では、ひとりの仲介業者を介して申請されたローンのうち49%で、第1回目の支払いさえ行われなかったケースが見つかった。
FTはこのほかにも、払いきれないローンを貸し付けたとして借り手がローン会社を訴えたり、仲介業者が借り手の個人情報を操作して、そもそも借りられないローンを借りられるようにしたりといったケースを紹介している。


● ハーバード大学が基金400億円の損失
 こうして設定された高利回りの債券を積極的に買っていたのはヘッジファンドだ。ならば、たとえサブプライム・ローンが焦げついたとしても、損害の多くを被るのは一部の富裕層だけではないかと思いたくなる。
 しかし、現実はそうではない。これは後の話になるが、「世界で最も豊かなハーバード大学がボストンのヘッジファンド、ソーウッド・キャピタル・マネジメントへの出資で7月中に3億5000万ドル(約400億円)の損失を出していたことを8月21日に公表」(FT、8月22日付『ヘッジファンドでハーバード大が3億5000万ドルの損』)することになる。ソーウッドはハーバード大の元基金管理担当者ジェフリー・ラーソン氏が率いるファンドで、ピーク時には30億ドルの運用資産を集めていた。だがサブプライム関連への投資で、ファンド自体は7月中に破たんしていた。
 今後調査が進めば、大学基金に限らず年金基金や地方政府など、ヘッジファンドへの思いがけない出資者が次々と明らかになってくるだろう。


● 信用格付け会社の罪
しかし、FTやウォールストリート・ジャーナル(WSJ)の一連の報道を目にする限り、サブプライム問題で本当に頭にきているのは震源地となったアメリカよりも、欧州の金融関係者ではないかと思われるふしがある。その理由を、いわゆる“高級紙”からは程遠いところにあるネット・メディアが「それでも米国には欧州のカネで建てた家が残る」し、「今後訪れる不動産価値の下落で、アメリカ人はマイホームを買いやすくなる」からだと解説している。
確かに、欧州の出資者の手に残るものはない。では、その欧州の富裕層に投資を決断させたのはだれか。証券会社のセールスマンだけではない。
英国紙のFTは、米国発のWSJに先んじて、8月16日付のトップ記事『サブプライム捜査で格付け会社が直撃(Rating agencies hit by subprime probe)』で欧州委員会(EC)が格付け会社(*2)の捜査に着手するとの大見出しを掲げた。
記事は、スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)やムーディーズ・インベスターズ・サービス、フィッチ・レーティグス(*3)などの格付け会社がサブプライム関連の仕組み商品に高い格付けを付し、潜在的なリスクの高まりが発覚したにもかかわらず、その格付けをなかなか見直さなかったと批判。結果として、投資家はリスクの存在を知るのが遅れたとしている。
事実、「一部の銀行は昨年末の段階で(サブプライム問題の)潜在的危機を訴えていたが、S&Pとムーディーズが不動産担保証券の格付けを大きく引き下げたのは今年の春」だった。
加えて、格付け会社は仕組み商品を販売する証券会社と共存関係にある、とも指摘。格付け会社は証券会社にコンサルタント業務を提供し「高格付けがとれる賢く、複雑なストラクチャー(仕組み)を授けているとの批判も挙がっている」(8月16日付『格付け会社への決定的指摘(Critical focus turns on rating agencies)』とも書いている。
さらにはEU域内マーケット・コミッショナーのチャーリー・マックリーヴィー氏の「格付け会社が(サブプライム関連商品に)優遇的格付けを与えていなければ、サブプライム不動産の証券化市場はこれほど肥大していなかった」とのコメントを引用。匿名の(EU本部のある)在ブリュッセル高官には「もし格付け会社がそれでも従来どおりのビジネスができると考えていたら大きな誤りだ」とまで語らせている。


● 格付けは憲法で保障されている
だが格付け会社にも反論がある。
それは「“格付け”は評価リスクではなくデフォルト・リスクの反映」であること。そして格付けは格付け会社の「単なる意見」であり、その意見の表明は「表現の自由を保障する米国憲法によって守られている」うえ、投資家にとって格付けとは「数ある(投資判断のための)ツールのひとつに過ぎない」ことだ。
しかし、FTの記事には毒が含まれているように感じられてならない。
それは「これまで格付け会社は投資家の訴訟をうまく切り抜けてきたが、それは倒産の前々日まで有利な格付けで得をしてきたエンロン問題の時もそうだった」と皮肉な書き方をしていることからも伝わってくる。
 その格付け会社は、欧州の金融世界において、規制の対象とはされていない。ECは昨年、格付け会社に対するEUレベルでの規制適用を却下する政策文書を採択したからだ。このためEUは、たとえ一部の高官に不満があろうとも、すぐになんらかの措置に踏み切るとは思われない。
 だがECとは別に、証券監督者国際機構(IOSCO、*4)が格付け会社の調査を実施している。来年4月に公表される調査結果次第では、EUが動き出す可能性は大いにありえる。EUが採択した文書の中には「信用格付け会社は証券発行者(証券会社など)との関係で、自らの立場を妥協することがあってはならない」とする一文が含まれているからだ。
 米国では、証券取引委員会(SEC)が今年6月から新規則を施行。格付け会社は規制機関への登録のほか、監査済み財務諸表、格付け担当者の適正資格の証明、情報の不適正な流用防止手順などの提出を義務づけている。
 アメリカの住宅バブルを根に持つサブプライム・ローン問題は、いまだ収束に向かう気配を見せていない。
*1 ノー・ドック・ローン
ノー・ドキュメント(文書)・ローンのこと。ノー・レシオ・ローンという言い方もする。ノー・レシオは、収入に対する返済割合を計算できないため。
*2 格付け会社
rating agencyのこと。格付け機関との訳も見るが、民間会社なので“会社”とした。
*3 スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)やムーディーズ・インベスターズ・サービス、フィッチ・レーティグス
日本ではほかにも知られている格付け会社があるが、FTは、この3社が「ほとんど独占状態」としている。
*4 証券監督者国際機構
世界の100を超える国と地域の証券監督局や証券取引所で構成する国際的機関。公正・効率的・健全な市場維持のため高水準の規制の促進を目的として協力することなどを掲げている。
(企画調査部門 小島)

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