2.納会


2.納会

今月も納会(先物の最終売買日)が1週間後に近づいてきた。この日の価格で受渡しが実施されるため、当業者は納会前になると当限の価格動向に敏感になる。渡辺や湯島も納会の前の動きや当日の動向には注目している。


渡辺は、コーヒーを一口すすってから、昭和フューチャーズの斉藤に電話した。
「今月のガソリンと灯油の納会見通しはどうなの?」
「灯油は冬場の需要期ですから、高納会でしょう。納会に向けても上昇すると思いますよ」
「ガソリンはどうなの?」
「ガソリンは需要が弱いですからね。当業者や商社の出方次第でしょう」
「確かにね。ガソリンの動向は不透明だけど、灯油は強そうだな」
「灯油はこのまま納会まで堅調に推移して、高納会で終わるというのが一番予想されるパターンです」
「おおよそ、そんなところだろうね」


「いよいよニューヨークのNY原油は90ドルに乗せそうです」
「月初に80ドルだったものが、もう90ドルか。上昇ペースが速すぎるよね」

渡辺は手にした青いボールペンを手に握り締めながら、呆れていた。あまりに速いペースで上昇している。

「ガソリンは原油価格が上昇基調にあることを考えると、来月も元売りの仕切値は上がるでしょう」
「ただ、足元の実勢は弱いね。末端の売れ行きは鈍いし、現物市場も軟調じゃない」
「ガソリン当限は現物価格に比べて割安ですよ」
「割安って言ったって、実勢が悪いから割安なんでしょ。安いからって、おいそれとは買えないよ」
「NY原油は90ドル前後まで上げていますし、新たな買いは見送りますか?」
「この高値じゃ買いにくいな〜。とりあえず、ガソリン当限の既存の買い玉10枚は、納会まで持って現受けするよ」
「そうですか」
「それにガソリンは当限である11月限が、12月限や1月限よりも高い逆ザヤでしょ。今の末端での売れ行きがイマイチな状況からすると、12月限や1月限よりも割高な11月限のガソリンを買う理由はないよね」
「確かに先の限月に比べて割高ですから、必要量以上は手当てする必要がなさそうですね」
「今が3〜5月で、製油所の定期修理が活発になる5〜6月にガソリンが上昇するのを見越して買うならいいけど、今は需要が弱いしね」
「灯油は20枚の買い玉をそのまま現受けする予定ですか」
「そのつもりだ」


電話を切ると、コーヒーを再び一口飲んで渡辺は湯島に伝えた。

「納会では灯油は堅調で、ガソリンは当業者の出方次第らしい」
「灯油は季節的に堅調なのはわかりますけど、ガソリンは読みにくいですね。業界紙などのレポートでもガソリンは意見が分かれているそうです」
「そうだろうね。結局、今月もふたを開けるまでわからないということかな」
「そのようですね。だいたい、納会前になると納会が高いのか、安いのかを予想して価格が動くケースが多いですね」
「確かに高納会が見込まれる時など、1週間くらい前から上げ始めて堅調に推移することが多いね。今月の灯油などまさにそういう動きだね」
「ええ、事前に高納会を予想して先回りして買われていたので、納会当日は安いなんてこともありそうですね」
「投機的な買いが当限にも入っているとすると、それはあり得るな」
「あとは当日まで動きを静観しましょう」

今月の納会では、現在持っているガソリンと灯油の買い玉をそのまま全部現受けするのか、一部をどこかで手じまうのかの判断だけだ。


1週間後、納会日当日となった。取引開始と同時にモニターを見つめる。しばらくしても、ガソリンも灯油も気配値をじりじり上げていて、当限はなかなか約定しない。

湯島が昭和フューチャーズの斉藤に電話した。
「斉藤さん、ガソリンと灯油の納会はどうなっているの?」
「それがガソリンは売りハナ(売りと買いの差し引きで買い超過の枚数)が400枚まで膨れ上がっています」
「えっ、400枚も買いがあるの?」
「ええ、灯油は200枚超です。気配値が上げて、売り物が出て徐々に減っていますけど」
「それにしても、納会当日に400枚の売りハナとはすごいね。灯油は昨日までに高納会を見越してかなり上げていたからね」

いったん電話を切って、湯島は渡辺に報告した。

「ガソリンは400枚超、灯油は200枚超の買い玉の影響で、気配値が上がっているそうです」
「結構な枚数だな。ガソリンは平穏に終わると思ったのにかなり上げそうだ」
「灯油は昨日までにかなり上げていますから、ガソリンよりは落ち着いた動きです。灯油は利食いしましょうか。今ならまだ間に合いますけど」
「いや、全量現受けしよう。灯油はこの調子だと、来月になると一層需給がタイトになるだろう。だから現受けして自社のスタンドで売れなくとも、転売すれば利益が出せるだろう」
「わかりました」


社長の西が会話に割って入ってきた。
「湯島、上げてるなら全量現受けだ。今の元売りの在庫水準の低さなら、来月以降は元売りの系列店で灯油は取り合いになる。現受けしときゃ、来月はいい値で売れるさ」
「社長、しかし、今の値段よりも高い値段がつくのでしょうか」
「当たり前だろ、おまえ、何年、油でメシ食ってるんだ!」
「需給がタイトなのはわかりますが、これ以上、上げるでしょうか」
「灯油のタイト感は来月以降、かなり値段に反映されるぞ。そう簡単に灯油の値段は下がらないよ。よく頭に叩き込んでおけ」

叩き上げ社長の商売上の勘というか、嗅覚が来月以降の灯油の上昇を予想しているようだ。


昭和フューチャーズの斉藤から湯島に電話が入った。
「ガソリンは前日比980円高、灯油は前日比300円高で納会しました。いずれも高納会でしたね」
「そうだね。灯油の上げはだいたい予想通りだったね」
「ガソリンの急伸は予想外でした」
「ガソリンについては、市場関係者の予想も今回はほとんど外れていますね」
「なかなか予測は難しいよ」
「ガソリンは投機筋のまとまった売り玉が残っていたようですね」
「それが納会当日に買い戻されたわけか。でも、この上げは当業者が買ってきたんじゃないのかな」
「そうでしょうね」
「ここで買いを入れて、来月に必要な分を手当てしたかったのだろうね」
「納会日当日に買いを入れたのですか」
「もっと早く買おうにも、これまでにも上げていて買いを入れにくかったせいもあるかもしれないね」

渡辺も湯島も、前に買い付けた買い玉が納会時点で利益となったことで、買いのコストが安く固定できたことでホッと胸をなでおろした。社長の言うとおり、業転市場でも値段が上げれば、来月は灯油でいい商売ができることになる。