2.納会


5.寒波到来

12月上旬の週明けの月曜日、表を歩いていると吐く息が白い。本格的な冬の寒さを感じさせる。最近までは暖かい日が多かったが、今日はコートの襟を立てないとかなり寒い。

「最近、急に寒くなったな」
渡辺は湯島に話しかけた。
「全くですね。今年は暖冬のはずじゃなかったんですかね」
「そういえば、気象庁の予報でも今年は暖冬だと聞いた記憶があるけど」
「気温の予測は相場以上に難しいですね。先週くらいから本当に寒くなりました」


「自社のスタンド各店の売れ行きを見ても、灯油の売れ行きが先週から急に伸びているな」
「ええ、原油高で今年は18リットルあたり1,600円くらいしますけど、寒くなったので灯油の売れ行きは好調ですね」
「最近ではオール電化住宅が増えたり、石油の高騰によりエアコンやガスで暖房を行う家庭も多いようだが、やはり灯油による暖房は欠かせないな」
「ええ、灯油の売れ行きは本当に気温次第ですね」


「他の暖房器具と比べて、灯油の場合は、火を使うことが危険でもあり、運ぶのも面倒で、臭いも出る。こうした点を嫌う人もいるな」
「ええ、でも、火を使う暖かさや、ストーブの上に鍋をかけておけるといった点は他の暖房器具にはないメリットですね」
「そうだな。ただ、残念なことに近年の価格高騰で価格面での優位性が薄れていることも事実だ」


「灯油は電気やガスと違って、ポリタンクを持って買いに行かないといけないしな」
「それに、タンクは買いに行く前は空ですが、帰りは20キログラム近いタンクを持って帰らないといけないですし大変ですね」
「女性やお年寄りにはしんどいな」
「だからうちの移動販売は好評なんですね」

大西商事では近年、灯油の移動販売に力を入れている。移動販売は元々あったが、最近では一人暮らしの老人が増えるなど、灯油をスタンドまで買いに来るのが大変な人に重宝がられている。主婦でも重い灯油を買いにくるのは難儀だろう。実際に販売員が各家庭となじみになれば、固定客もつき、顧客の囲い込みにもつながる。いきなりトラックで灯油を売りに来た見ず知らずの業者から買うのに比べて、近所にガソリンスタンドがあることもあり、顧客の安心感につながる。

「スタンドで灯油が品切れなんてことにならないように、各スタンドへのデリバリーをきちんと頼むぞ」
「もちろんです。そういえば、カクタホームセンターから今日、明日、それぞれタンクローリー1台ずつの納品依頼がありました」
「いきなり2台分か。寒くなって、週末に灯油が急に売れたんだな」


灯油は春先に冬場の需要期が終わると、元売り各社は翌冬に向けて、春先から徐々に在庫の積み増しを行う。昨年は冬場の寒波に対する期待から在庫を早くから積み増したが、暖冬で売れずに困っていた。そこで、今年は各社ともに在庫の積み増しペースが鈍かったが、ここへ来ての寒波で状況が大きく変わりつつある。

「つい最近までは暖かくて、暖房など必要を感じなかったけどな。暖冬で灯油の荷動きも鈍くて各社ともに難儀していたのがうそのようだ」
「寒くなって引き合いが急に増えたので、価格も高止まりしそうですね。ただ、店頭価格が高すぎるというクレームもあるようです」
「原油価格の高騰で、コストが跳ね上がっていると伝えて理解してもらうしかないな」

先週から寒波の影響で業転価格がじり高で推移している。元売りや商社も寒さで灯油販売に強気に転じている。

「もっとも、この寒さはこれからずっと続くのかな」
「気温ですからなんとも言えないですね」
「平年に比べて暖かい日が多かったのですが、寒くなったのはつい最近ですからね。しばらくして、すぐに暖冬に戻る可能性もないとは言えないですね」
「一度これだけ寒くなると、簡単に暖冬には戻らないだろう。寒いのは苦手だが、商売上は、寒波到来は大歓迎だ」

「灯油は例年と比べてどれくらい気温が低いかで売れ行きが大きく左右されますね」
「暖冬だと売れ行きが前年比で30%も減少することすらあるしね」


ガソリンは月により売れ行きが10%前後増減するが、灯油ほど極端な季節的な変動はない。灯油の場合、冬場は夏場の5倍の需要がある。夏場は月間で100万キロリットルの需要しかないが、冬場は500万キロリットルも売れる。ただ、冬場の需要も気温次第で大きく増減する。

今年は最近の急な寒波の到来で、ガソリンスタンドでの灯油販売も好調だ。業転市場で仕入れはするが、最近の需要の伸びで価格のじり高傾向が続いている。

「夏場に先物市場で安いときに買った分がここで生きてくるな」
「そういえば、12月渡しの灯油を8月に6万円くらいで買いましたね」
「今の業転価格の8万円に比べて、2万円安いから、1リットル当たり20円安いわけか」
「これで他店よりも小売価格を抑えられますしね」

例えば、8月に60,000円で12月に受渡する灯油を100キロリットル買い付けたとすると、実際に受渡を行う12月に灯油がどんなに高騰しても、当初買い付けた金額でコストを固定することができる。ただし、逆に値段が下がれば高い値段で買い付けてしまったことになるわけだ。


「他店では小売価格は18リットル当たり、1,600円前後で高止まりしてますね」
「ホームセンターでも1,550円前後のところが多いね。うちでは、店頭で1,500円の看板を出して販売しているからかなり安いね」
「それでも数年前に比べると2倍程度に上昇していますね」
「顧客の灯油離れにつながらないといいけどね」