3.腹案


5.クリスマスプレゼント

クリスマス連休前の週末となった12月21日の昼に渋谷の電話が鳴った。担当役員の大塚常務からの内線だった。

「渋谷君か」
「はい、そうです」
「今夜何か予定は入っているかな」
「いえ、別にありませんが」
「そうか。それなら一緒に飲みに行こう。奥さんには今日は遅くなると連絡しておいた方がいいぞ。これから突然会議などが入ることはないと思うが、一応夕方4時位に私に確認の内線をかけてくれ」
「分かりました」

渋谷はあと少しで午後4時というところで大塚常務に内線をかけると、午後5時半にエレベーターを降りたところで待ち合わせることになった。

午後5時15分に渋谷は部下の目黒に「今日は悪いけど先に帰らせてもらうから。あとはよろしく頼むよ」と言った。
目黒は「またこっちですか。ずるいなぁ」と言って杯を飲み干す仕草を真似た。
「まぁ、そんなとこかな。何かあれば携帯に連絡してくれ」

渋谷はそう言ったあと、コートとカバンを脇に抱えながらエレベーターに乗り込んだ。エレベーターを降りると既に大塚常務が待っていた。
「渋谷君、遅いぞ。というのは冗談だ、冗談」
そう言って笑う大塚常務は、渋谷をせかすように引き連れて会社の前からタクシーを拾い、銀座にある大塚常務がよく使う古いクラブに向った。


「若い娘はいないけどこの店だと落ち着いて話ができるんでね。ママ、今日は彼に大事な話があるから連れてきたんだ」
大塚常務がそう言うと、「あら、それはよろしいこと」とおっとりした口調でそのママは答えた。

「渋谷君、ぼくもこの頃すっかり酒が弱くなってね。一杯やる前に話をしておきたいんだが」
「大事な話とはどういうことでしょうか」
「渋谷君、高田商事の高田社長に話したらしいな。例の原料コスト削減について」
渋谷は高田社長に社内の会議のあとで原料コスト削減のため先物市場の活用を提案したこと、またその会議の場では提案が通らなかったことを話していた。

渋谷は大塚常務がそれを知っていることに内心びっくりしたが、表情に出さないようにして「確かに高田社長にお話しましたが」とだけ言って大塚常務の次の言葉を待った。

「実は、高田さんは私の大学時代の先輩なんだ。それで、せっかく部下ががんばって出した提案をそんな宙に浮いてた状態にしておいていいのかって言うんだ。高田さんに言われたからというわけではないんだが、上司たるもの部下の努力に応えるべしと思ってね。それで先物市場を活用できるよう、なんとか他の役員を説得したから」
「本当ですか。ありがとうございます」
渋谷は思わぬ大塚常務の言葉に声が裏返ってしまうほど驚いた。

「本当だとも、渋谷君。実際にどの程度の仕入れコスト削減効果があるか分からないし、リスクも伴う。しかし、今はやれることを一所懸命やってみよう。これから益々大変になると思うが、よろしく頼むよ」

渋谷は自分の提案が受け入れられ、これはがんばった自分へのクリスマスプレゼントかも知れないと思った。