1.異動
7.予想外の納会
8.資源獲得競争は続く


8.資源獲得競争は続く

「お疲れさまだ、岡田。ゴムチームにきて2カ月たったが、どうだい」
坂田は右手に持ったビアジョッキを目の上まで持ち上げながら口火を切った。坂田が持つと大ジョッキが中ジョッキに見える。きょうはゴムチームへの異動2カ月記念だといって、自分のために、真木がセッティングしてくれた。本場の味に近いという新宿2丁目にあるタイ料理店だ。

「しかし、産地勢が東京で現受けして中国に持って行くのか。びっくりしましたよ」
「産地からの話では、中国はとにかく当用買いが多いそうだ。それだけ天然ゴムが必要だということだろうな」
真木が続けた。
「そういえば、この間の新聞に中国の2008年の自動車生産台数は60万台に達し、新車市場では日本を抜いて、アメリカに次ぐ第2位になるという話が出ていました」

「天然ゴムの消費量に限っていえば、2001年にアメリカを追い越している。押しも押されぬ世界第1位の天然ゴム消費国だよ。年間消費量は255万トンにもなっている。世界第3位の消費国である日本の約87万トンと比べると約3倍だ」
坂田はやや呆れたように言い放った。


「すごい量ですね」
「世界の天然ゴム生産の3分の1弱が中国で消費されるといってもいいだろう。それに天然ゴムのやっかいなのは、合成ゴムの相場が値上がりすると、これに追随する動きをみせることだ。つまり原油高がゴム高につながることもある」
「奥が深いですね」
「ついでに言っておくと、天然ゴムは戦略物資だということは知っていたか」
「戦略物資?」
「そう原油なんかと一緒さ。アメリカは天然ゴムを備蓄している。輸送に必要なタイヤになるからだろう。特に大型車両のタイヤは天然ゴムのグリップ力と弾力性が必要とされるんだそうだ」

「中国需要もすごいし。天然ゴムって引っ張りダコなんですね」
「天然ゴムだけじゃない。見ろよ、いまの穀物相場や貴金属相場の急騰。世界中で資源獲得競争をしている感じだ。われわれいち商社マンが考えてもどうしようもないことかも知れない。だが資源を持たないこの国では安定した価格で資源を調達することが重要だ。まぁ、その一翼でも担っていると考えればそう悪い仕事でもないだろう」
坂田がそんなことを考えて仕事をしているとは意外な感じがした。しかし、いまの言葉が自分に昂揚感をもたらしていることには、もっと驚かされた。

「自分に何ができるかはわかりませんが、坂田さんの言葉を信じます」
これだけ商品市場が注目されているのだから、先物を使ったオペレーションの重要度は一段と増すことだろう。そもそも江戸時代に米の先物取引が行われた歴史もある。日本は先物先進国だったはずだ。それが、いまではその地位にはない。
そろそろ“Pay back time”だ。