3.地金商で現物の手当て

中島は今回の材料となるプラチナの現物手当てのために地金商を訪れた。普段は資材調達部の人間が電話一本で行っている。しかし今回は普段よりも手当ての量が多く、また価格が急騰している時でもあったため、お互いの情報交換もあり自ら足を運んだのだった。

「早速ですが、先日お伝えしましたとおりプラチナ900の棒材を4キロお願いしたいのですが」

黒縁めがねをかけ、結婚してから急速に太り出したと言い張る荒木昇は、中島ジュエリーの担当者である。最近、現物の手当ては担当の部下に任せていたため荒木と話すのは久しぶりである。

「あらかじめ伺っておりましたので問題ありません。しかし4キロとは、いつもの倍ですね。どうされたのですか?」
「実は久しぶりに打って出ようと思っているのです。そして今回は国内だけでなく、今の円安を利用してアジア諸国への輸出も考えているものですから多少、量が多くなったのです」
「なるほど」
「少しおこがましい言い方かもしれませんが、新たな仕事を作って、少しでも山梨の職人さんたちに元気になってもらえればとも思っているのです」


「素晴らしい考えです。毎回ながら業界や故郷のことを第一に考える中島さんにはいつも頭が下がります」
荒木は頭を下げた。

「いえいえ、とんでもないです。やっぱり郷土愛でしょうかね〜、そんなつもりはないのですが」
中島は素直に答えた。

「ところで中島さんのところは順調のようですが、他社さんはいかがですか?」
「私のところも決して順調ではありませんよ。ただ業界の皆さんの話はどこも同じで、厳しいの一点張りですね。でも今年になってからホワイトゴールドの人気に火がついているのはどこも同じみたいです」
「ホワイトゴールドですか。シルバーでは安すぎて、プラチナでは高すぎる。でも見た目はプラチナと同じで価格も手頃だから、という理由でしょうか」
「おっしゃる通りです。嗜好品に近い純粋なプラチナジュエリーは、価格がネックになって売れ行きがよくないらしく、置きたがらないですね。お店の子にも話を聞くと、プラチナリングの価格を見て驚く男性が多いようです。女性ならともかく、普通の男性は貴金属の価格なんて知らないでしょうから」
「私も驚きますよ。昔の値段を知っているだけに、余計です。プラチナに手が出ない気持ち、同じ男として少しわかりますね。これから作ろうとしている中島さんを目の前にして言うのもなんですが」
「かまいませんよ、それが現実なんですから」

お互いに笑ったあと、中島はお茶で喉を潤し、逆に質問をした。
「教えて頂きたいのですが、宝飾以外の業界で最近、耳にする話などありますか?」

荒木は少し考えながら、フッと思い出したかのように言った。
「そういえば、宝飾とは少し分野が違うのでしょうが、コインの売れ行きが鈍っているそうですね」


「ほう、コインとは意外ですね。やはり価格の影響ですか」
「そうみたいです。記念コインは金貨と銀貨が多いのですが、記念コインは昔からのコレクターが多いそうです。1つ、2つと集めていくうちに、全部集めたくなるそうなんです」
「確かにそう言われると全部集めたくなりますよね、普通」
「ですよね。ただ、これまでと同じ価格を維持しようとすると大きさや厚みに問題が出てきて過去の物と比較すると不恰好になるんです」
「なるほど」
「では大きさを同じにすればいいじゃないか、と思われますが、そうするととてもじゃないですが、これまでの価格からは考えられないほど高くなるのですね」
「確かにそうですね。コインもどちらかといえば嗜好品ですから、嗜好品の売れ行きが鈍っているのはどこも同じなのですね。」

中島は思わず腕を組んで天井を見上げた。

会話が途切れたのを機に荒木が立ち上がった。
「それでは少し待っていてもらえますか。プラチナ900を4キロ、取ってまいりますから」
そう言い残して部屋を出て行った。