

1.異動
2.4月1日
3.産地の動き
6.ファーストディール
7.予想外の納会
8.産地勢が参入
9.資源獲得競争は続く
4.中小メーカーを守れ
坂田がチームに置いてあるゾウの置物を小脇に抱え、それを撫でながら聞いてきた。どういうわけだか、その姿に一瞬見とれてしまった。不思議とゾウがラグビーボールに見えてくる。
「初めてのことばかりで驚きの連続でした。特にタイヤメーカーが、原材料にかなりのこだわりを持っていると知ったことはいい勉強になりました。ただタイヤメーカーが原料にこだわりを持てば持つほど、品質が大まかに規定されている先物市場を使って現物を調達するのは難しくなりますね」
「はい」
「確かに先物市場で買って、ポジションをそのまま持っていれば、天然ゴムの現物を受けとることはできる。しかし今度の出張できみもわかっただろうが、大手のタイヤメーカーは、原料は自社で買い付けるのが普通だ」
「シンガポールに出先機関を持ち、バイヤーが東南アジア全域を駆け巡って原料の手当てに動いているようです。何回かバイヤーを見かけました」
「うん。天然ゴムの購買部の出先機関があるのはうちも同じだろ。今は出先機関というよりは、シンガポールが本体と言ってもいい。東京には俺と真木ときみの3人しかいない。あとはシンガポールで買い付けをしているしな」
「そうですね」
「ほとんどのタイヤメーカーは必要量の8割くらいを直接農園から買い付けているよ」
「タイヤメーカー以外をノンタイヤと呼ぶのだが、ノンタイヤの天然ゴムユーザーと言うと、その多くは防振ゴム、ベルトやホースなどの工業用品のメーカー、ラテックス製品のメーカーになる。しかもベルトやホースといったものの多くは、ほとんどが合成ゴムで作られている。だから工業用品のメーカーが使う天然ゴムの量は限られているんだ」
「そうなんですか」
ということは、年間で8万トン弱程度しかタイヤ以外の天然ゴム需要はないことになる。
「ずいぶん少ないですね」
「まぁ、タイヤメーカーは原材料の安定確保のためにいろいろ考えているよ。大手は自社の農園を持っているか、農園からの直接買い付け、そして知っての通りうちみたいな商社からも買うがな」
「昔はあったようだけれど、最近は聞かない」
「では、ノンタイヤが先物市場から直接、現物を調達するというのはどうですか」
「うーん。それも難しいだろうな。たとえば東京工業品取引所で現受けすると、ゴムの場合の受渡しは、1枚が10トンになる」
「それではノンタイヤのメーカーにとっては量が多すぎると」
「それはそうでもない。ノンタイヤってことになると、天然ゴムを最も使っているのが防振ゴムになるけれど、大手の防振メーカーなら月間200〜300トン前後の天然ゴムを使う。ただ全量を先物市場で手当てするわけにはいかないだろう。そうなると、せいぜい全体の3分の1から半分だろうな」
「ということは100〜150トン。先物市場での取引枚数にすると10〜15枚になります」
「実際に必要な受渡しの量としては問題はない。しかしメーカーが先物市場を使うとなると、当然、人を割り振り、そのためのシステムや事務処理にも人員を割かなければならなくなる。月々10〜15枚程度のためにそれでは割に合わないよ。大手のタイヤメーカーだって先物市場でのリスクヘッジには消極的にならざるを得ないのが現状さ」
「タイヤメーカーは独自の品質管理の問題、ノンタイヤやゴムメーカーは量や採算の問題というわけですか」
「つまるところ、そういうことになるね。自社の経営資源を割いてまで先物市場は利用しない。だからわれわれ商社がその代わりを担うわけだ。価格ヘッジの機能をね」

「はぁ、そうなのですか」
「いよいよ、天然ゴムトレーダー岡田のデビューの時だな。まぁ、これでも目を通しておけよ」
紙の束をぽんと渡すと、坂田はコーヒーを取りに部屋の隅に向かって歩いていった。