

1.異動
2.4月1日
3.産地の動き
6.ファーストディール
7.予想外の納会
8.産地勢が参入
9.資源獲得競争は続く
5.ポジションバランスを保て
「おう、よくわかったな」
「資金為替部にも似たようなものがありました。ドルやユーロなど、各部署が必要な外貨額と保有している外貨額が一覧になっている表です」
「まぁ、それと似たものだよ。うちのポジション表は、現物の買残と売残、それと先物の売残と買残、さらにコストが書いてある。オレ達の仕事は、基本的には売りと買いのコストを見ながら、全てのポジションのバランスを保つことだ」
「そう、それが基本的なやり方だな。まぁ、メーカーがいい値段で買ってくれれば、それでよしだけどね」
坂田がコーヒーカップを傾けた。そのとたんに香ばしいかおりが、カップのふちからこぼれてきた。どうやら坂田はミルクと砂糖を入れない派のようだ。
“基本的”と言ったのには理由がある。どの相場でもそうだが、純粋にヘッジを目的として市場参加している業者はまずいない。自分が資金為替部から呼ばれていまここにいるも、そのあたりが理由のはずだ。もしそうでなければ、ディーラー職自体が向かないとされ、トレードには関係のない部署に飛ばされていただろう。
「それにしては、売残と買残に差があるように思えますが」
「産地で現物を買い付けたらなぜすぐに日本やシンガポールの先物市場でヘッジをしないのかという疑問だな。もちろん、そうする場合もある。しかし、そうでない場合があるのも事実だ。つまり思惑(おもわく)の部分もないわけじゃないということになる」
坂田はまるで前もって用意しておいた誕生日プレゼントが見つかってしまったかのように、ちょっとバツの悪そうな顔をした。

「思惑?」
「ああ。産地の相場がこれから安くなると思えば、積極的には産地で買わないだろう。むしろ、余裕のある範囲で先物の売りを厚くすることだってある」
坂田は肩の荷が下りたかのように饒舌になった。
「まぁ、それに近いな。それにゴムの場合は当先(期近物と期先物の間)で10円前後の値サヤが開くのが普通だ。しかし、そのサヤがなんらかの特殊な要因で15〜20円近くまで開いてしまうことがある。そういう時には期先を売って、期近を買うといったサヤ取りだってやるときもある」
「結構、いろんなオペレーションをやるんですね」
「さっき、天然ゴムはタイヤメーカーの直接買い付けが9割近くあると教えたはずだ。いろいろ考える必要があるだろ。だから、トレードを知っているお前をわざわざ引き抜いたんだ」
坂田からその言葉を引き出して、ようやく胸に安堵感が広がった。坂田のコーヒカップからは、もう湯気は立っていなかった。