2.納会


6.ガソリンスタンド

渡辺は西と現状把握のため、系列のスタンドを回った。幹線道路沿いの一部の店では、交通量は多いが売り上げが伸び悩んでいるためだ。近隣の競合店などを調査して対策を練るのが目的だ。


渡辺は社長の西とともに車で目的地へ向かいながら道路沿いのガソリンスタンドに目を向ける。
「おい、またスタンドがつぶれているぞ」
「全国各地でガソリンスタンドの廃業が相次いでいますね。過当競争のせいか、仕入れと販売の価格の差であるマージン(粗利)がどんどん縮小していき、商売にならずに廃業に追い込まれる業者も多いようですね」
「最近までスタンドだったところが、消費者金融や車の買い取り業者に代わっていたり、整地されて住宅になっているケースも多いな」
「廃墟のような姿のまま放置されているスタンドも目立ちますね」
「まったく、スタンド経営も儲からなくなったよな」


幹線道路に面したスタンドの店長の倉島から状況の報告を受ける。
「最近、大手元売りのセルフスタンドが近所にできた影響で、ガソリン販売は伸び悩んでいます。1リットル当たり4円くらい先方のほうが安いので、価格に敏感な消費者はそちらに流れているようです」
「リッター4円か。それは大きいな。やむをえない。もっと値引きするか」

大西商事では現金顧客には1リットル当たり2円を割り引いている。セルフを除くと他店よりも2円前後安いが、これまでは比較的順調に商売ができてきた。セルフスタンドの乱立で価格を最優先する顧客はすでに安い店に流れているが、近所に強力なライバルとなるセルフスタンドができたことで顧客の一部がさらに流出している。

「確かにそうでもしないと商売上がったりです。最近は価格が高いので、10リッター、20リッターと少しずつしか給油しませんしね」
「マスコミでも報じられているが、やはりガソリンの値段が高いと満タンに入れる客の数は減っているようだな」
「以前のように“レギュラー、満タン、現金”という客は減りました」

「灯油販売はどうなんだ」
「店頭販売は順調です。競合セルフよりも灯油はうちのほうが安いですから。しかし灯油だけ買いに来て、ガソリンはもっと安い他店で入れるという客もいます」
「まいったなそれは」
「灯油は安値をアピールしていこう。油外販売はどうなんだ」

油外販売とは、ガソリン以外の、洗車、タイヤ・ワイパーの販売、オイル交換などを指す。ガソリンスタンドでは競争激化でガソリン販売だけでは十分な収益を出すことが難しく、油外販売に活路を見出そうとしている。ただ、ガソリン価格の高騰で消費者の財布の紐は固く、油外販売も苦戦を強いられている。


「こちらもさっぱりです。ガソリンを10リットルしか入れない客がオイル交換などしませんよ」
「確かにそうだろうな」
「ええ、オイルやワイパーの交換など勧めても、“結構です”の一言です。以前なら、10人のうち何人かは前向きな反応を示してくれたのですけどね」


西が渡辺に言った。
「しょうがないな。値引きするしかないだろう。渡辺、いくら値引く?」
「それならガソリンはリッター4円引きで他店に対抗しましょう」
「よし、倉島、4円引きで対抗だ」

渡辺は西と相談の上、値引きを拡大することを決めた。ここ1〜2カ月、先物市場の急落時に安値で買い付けたガソリンがあるので、値引き余地はある。値引きで収益は圧迫されるが、セルフへの対抗上、やむを得ない。これでガソリン価格は互角となる。そうなれば、窓拭きなど、ていねいな対応の当社に顧客が戻るはずだ。

通常、フルサービスとセルフの価格差はガソリン1リットル当たり3〜4円あるが、この差を縮めて顧客を取り戻す作戦に打って出る。

「明日から看板を出してさっそく対応して欲しい」
「わかりました。これだけ値引きできればセルフから客を取り戻せますよ」
「よろしく頼む。ここが正念場だ」

ガソリンをリッター当たり4円値引きすれば、セルフへ流れた顧客を取り戻すことができそうだ。それでこのスタンドの業績が上向くことを期待しよう。