2.納会


8.元売り参入

ある日の夕方、1週間の売り上げをチェックしていると業界紙「オイル日報」記者の田島から電話が入った。田島は月に何度か電話してきて、お互いに情報交換をしている。

「渡辺さん、大手の元売りが取引所に会員申請したそうですね」
「ああ、新聞で読んだよ」
「石油業界の人間として、何かコメントをいただけませんか」
「教科書的なコメントだけど、市場の公平性や透明性が高まるってことでしょ。先物市場にはいいニュースだね」

「取引所としては大手元売りの参入は大歓迎のようです」
「そりゃそうでしょう。取引所も当業者の利便性を図るために最近では値幅制限の拡大や建玉制限の緩和などを実施していて、それが元売りの参加を招いたということでしょ」

「実需家にとって使い勝手が改善したようですね」
「それと、先物市場の価格の指標性も一段と高まるしね」
「みんなが注目するようになると、他の元売りや当業者も参入してくるでしょう」


近年は世界的なコモディティ(商品先物市場)への資金流入の影響で、先物価格の乱高下が激しくなっており、投機的な色彩も濃くなっている。国内の石油先物市場は2005年ころ、投機的な動きでストップ高、ストップ安を繰り返したために、個人投資家が石油市場から撤退し、売買を細らせてしまった。石油の取引をやめた投資家の資金は貴金属、穀物、株式市場などへ流れているようだ。

田島が根掘り葉掘り聞いてくる。
「逆に実勢よりも安く買える機会が減るようだと困るんじゃないですか」
「それは大丈夫じゃないか。元売りの参入で市場への参加者も増え取引量も上向くだろう。とはいっても、原油相場に振り回されて製品価格が乱高下する場面が減るとは思えないけどな」
「確かにそうですね。NY(ニューヨーク)原油にしても、出来高や取組高が増えるとともにボラティリティ(変動率)も高まって、値動きが荒っぽくなっていますからね」
「NY原油はファンドや年金資金なども入って取引は活発なようだね。出来高が50万枚なんて普通みたいだしね」
「国際指標のNY原油が荒っぽい値動きをするということは、その動きが日本市場へも波及するってことでしょ」
「だから国内市場の乱高下もなくならないわけだ」
「なるほど。そういうことですね」


「乱高下はマイナス面もあるが、仕入れに有効活用することも可能だ。業転市場に比べて“何でこんな安い値段で取引されているのか”ということもあるしね」
「元売りの参入で、受渡しなども活発になりますかね」
「なるでしょう。でも、今でも受渡しはかなり活発だよ」
「そういえば、受渡枚数は結構多いようですね」
「“結構”じゃなくて“かなり”多いよ。確かに以前に比べて売買が減っているけれど、受渡しには活用されているよ」
「そうなんですか?」
「受渡枚数も月間数百枚から、多いときは2,000枚(2万キロリットル)を超えるからね」
「2,000枚の受渡しなんてあるのですか」
「あるある」
「そうなんですか」
「ただ、灯油は季節物だからどうしても冬場の受渡しのほうが多いけどね」
「確かにそうでしょうね」
「まあ、今後さらに商いが活発になって、受渡しも増加することを期待しよう」

大手元売りが正面から先物市場に参入すれば、やはり市場の活性化につながるだろう。特に期待したいのが期近の商いの厚みが増すことだ。日本の先物市場の商いは期先に集中しがちで、期近の出来高は薄い。これは石油市場に限ったことではない。

元売りの参入で期近の商いが一段と活発になれば、これまでに先物市場で続いてきた期先中心の売買が変貌する可能性も出てこよう。

海外ではコモディティ市場は近年脚光を浴びて、資金の運用先としての評価も高まり、出来高も大きく上昇している。株式市場が下落した場には、その代替市場として金や石油、穀物などへ資金が流入するケースも多く、投資先としても非常に注目されている。元売りなど実需家の参入により、国内のコモディティ市場も脚光を浴びて、多くの人から注目される市場となる日も、そう遠くないうちにやってくることとなろう。